Posted: 8月 13th, 2010 | Author: sdt | Filed under: 身体と空間とモノのこと | No Comments »
タクトフェスティバルという子供と大人が一緒に楽しめる舞台・音楽・パフォーマンスのフェスティバルが全国巡中で東京にも来た。
できれば色々見たかったのだが都合がつかず、残念だ。
ラインナップの中で、以前から気になっていたカナダのカンパニーコープスの『ひつじ』(CORPUS “Les moutons”)を見てきた。(今週末まで、東京芸術劇場の地下一階フロアで毎日行われる無料パフォーマンス)
コープスは以前にも来日公演をしており、カナダ大使館でプレビューのあった『A Flock of Flyers フロック・オブ・フライヤーズ』を生で見ているのだが、その時に『ひつじ』のことも知って愉快なことを考える人たちだ、と思っていた。まさか生で見る日が来るとは。




子供向けイベントであるので、会場には親子の姿が多く、放牧が開始されると「なにあれ」という風に子供が目をまるくしていた。
一応ネタバレ(?)を含むので、以下は続きを読む仕様にしておく。
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Posted: 8月 5th, 2010 | Author: sdt | Filed under: 身体と空間とモノのこと | No Comments »
暑くて頭が回らないのでただのメモに終始する。いつもそうか。
国立近代美術館「建築はどこにあるの?7つのインスタレーション」を見た。



http://www.momat.go.jp/Honkan/where_is_architecture/work_in_progress/
中村竜治「とうもろこし畑」、白い紙を組み立てた(ワイヤー状に、霞のように自立している)立体の、構造上現れるモアレが面白くて何度もぐるぐる回って見た。視覚的に引っ張られる感覚はこれと内藤廣の「赤縞」だった。
「赤縞」の方はダンスパフォーマンスもあったのだが見逃した。あの赤い光の下でうろうろしているだけでも面白かったので、見られなくて無念すぎる。
伊藤豊雄建築が好き、というかたまたまよく行く施設が伊藤豊雄建築だったので覚えたのだけど、展示は構造の見本みたいなもので、その展示自体にぐっとくる感じはあまりなかった。ハニカム構造とか、イスラム建築のムルカナスとかが好きだとちょっと惹かれるかもしれない。
エントランスのアトリエ・ワンの竹の構造物は夏っぽくて好きだ…こういうのは子供も喜ぶよね…。
常設で土田麦僊の作品を久々に観たのだけど、この人の絵は自分の中でモーリス・ドニと同じ引き出しにしまって記憶されていたことを理解した。
思っていたよりあっさり見終わってしまったので、工芸館にも寄る。今やっている展示が気になるというより、松田権六の蒔絵が見たいな~という動機により400メートル先の工芸館へ日に焼かれながら歩いた。
常々思っているのだが、蒔絵・漆芸は耽美である。かっこいいんである。
子供向けプログラムで「色別」に展示品を案内するパンフレットが作られていた。親子・中学生ぐらいのグループなどがいて夏休みらしい雰囲気で、ゆるく金属、ガラス、織りなど様々な工芸を眺めて帰ってきた。「工芸」と言った時に、何故か「芸術・美術」より下に見られる傾向がちらほらある。工芸は日常の中に美をもたらすものとして、思想的にも純粋芸術と比べてなんら劣ることでは無い。道具であるという事が、美術的に価値が劣る理由にはならない。「芸術」と比べてエンタテイメントではないかもしれないけど、その辺の価値観も人によって違うからあいまいではある。御託を並べたけど、要は自分の好みが、道具とか物体とか構造だということに執着しているだけだ。最近「絵画を見る」事への興味が怖ろしく下がっていて、そのあたりの興味を取り戻したいとも思っている。
青山に移動して、スパイラルでやっているBASARA展を見た。
刀の鍔、織部のひしゃげた器、蒔絵が施され根付のついた印籠がデコレーションされた携帯電話と一緒に並び、歌川国芳 河鍋暁斎 月岡芳年などの浮世絵や戦国時代の兜と共に山口晃 井上雄彦 天明屋尚の作品が並び、デコラティブなバイクが構え、縄文土器が鎮座し、仏像化したギャルが睥睨し、デコトラが光り、あちらこちらで刺青が主張する濃ゆい展示だった。これが今週末までの、一週間も無い展覧会だというのがとても惜しい。
時代を超えた、気合入りまくった攻撃的な装飾系男子文化。ニッポンのゴスかバロックの極みみたいな世界だった。
Posted: 7月 31st, 2010 | Author: sdt | Filed under: 身体と空間とモノのこと | No Comments »
THE TOKYO ART BOOK FAIR 2010、原宿VACANTへ行ってきた。
漫画喫茶をもじった、マガジンを読む空間として1Fは「マガ喫」となっており、はしごを渡したようなラック(この棚は3331でも使われている)に雑誌が干されているような形で展示してあり、自由に読めるようになっていた。ベンチに座り、休刊になった雑誌を読んでいるとなかなか思うところがある。(この休刊していた雑誌の割と多くを買っていた…。)
幅広の階段を上がると、壁にポスター展示のように書籍がディスプレイされている。2Fは”9 FINE LOCAL BOOKSTORES”という名称で、各国の書籍が展示されているスペースになっている。両会場で入場の際にカンパで購入するカタログに出展ブックショップの紹介がきっちりあり、これを読むだけでもいろんな試みをしている書店があるのだと知れて楽しい。日本の書店では、タコシェと恵文社一乗寺店が参加している。
海外のフリーマガジンを展示するスペース、GRAINの壁展示も見飽きない。
海外のブックストアで気になったのはBOOKSACTUALLY(シンガポール)とS/F(ニュージーランド)。機会があれば訪れてみたい。
この展示に紹介されている海外書店の紹介を読むと、どこも単に書店というだけでなく、プロジェクトスペース、展示、様々な販売方法、その他クリエイティブに関するものの一環で「本を販売する」ということが接続されている。
書籍という物体が表現手段としてどいう位置にあるのか、色々考える参考になった。
めんどくさいことを考えなくても、雑誌や本のページをめくるのが楽しい、と思える人種にとっては、とてもわくわくするイベントだろう。(明日、8月1日が最終日。)
Posted: 7月 30th, 2010 | Author: sdt | Filed under: 身体と空間とモノのこと | No Comments »
アーツ千代田3331で行われているTHE TOKYO ART BOOK FAIR 2010に行ってきた。
アートブックフェアの名の通り、国内外の現代アート・カルチャーなどなどを取り扱うパブリッシャー(出版社もあれば写真系の事務所、デザイン系の会社、アートギャラリーから個人まで様々である)が出展している。
書店の「芸術」の棚に並ぶような本もいいのだが、このイベントでじっくり見たいのは、普段は入手経路が少ないZINEと呼ばれる小部数発行の冊子・書籍の類だろう。これだけ色々一気に見られるのは楽しくて仕方ない。
色々面白かったので感想を述べたいところだが、私の全体感想など他愛もないものなので、ぐっときた出展者や作品を勝手に紹介する。
Anna Gleeson
http://annagleeson.com/
香港を拠点にした作家。
今回見て回った中で一番心を掴まれた本はこのひとのものだった。写真もデザインもイラストレーションもなにもかもがしっくりくる、見目に心地よさを感じる。”goodbye shoes” は足に合わなくなってはかなくなった靴を題材に作られている。この感性にぐっときた。
他にもチーズや、中国の古典などが題材らしい書籍が並んでおり、全部ほしい勢い。
イアリングをテーマにダンサーとコラボレーションしたという本はとても気持ちの良い写真だった。
san
http://sansansan.info/
本作りを中心に活動しているユニット。
ブースに出ていた鮮やかな写真の本に一瞬で目を奪われる。スペインのサラゴサで開かれる花の祭り「ピラール祭」をテーマにしたもの。写真家は田尾沙織さんという方だそうだ。
お祭りのわくわくする雰囲気と華やかさ、それをていねいに本に仕立て上げている繊細さに惹かれた。製本は自分たちでひとつづつやっているのだとか。
BOOK246でも展示・イベントをするそうなので、これも要チェック。
Mörel Books
http://morelbooks.com/
ロンドンのインディペンデント出版社。
壁に張り出されていた写真作品の数々に惹かれる。じわじわくる。
手のひらにのるような小さな本からインパクトのある写真集まで様々。
日常にありそうな風景なのに「何か、おかしい」「いや、明らかにおかしいだろそれ」「脳裏にちりちりくる…」と、見つめてしまう作品に出会えた。
Whatever Press
http://www.whateverpress.com/
オランダの本が気になってるなら行くべき。行くべき。
THE TOKYO ART BOOK FAIR 2010は3331とVACANTで同時開催。VACANT の方は明日行ってみます。
Posted: 7月 5th, 2010 | Author: sdt | Filed under: 旅の記憶 | No Comments »
目がクリアーに覚め、朝食のために一階に下りる。ホテルの朝食ブッフェはにぎわっていた。自分もホテルの従業員ではあったが、客としてホテルに泊ま るなんて何年ぶりだろうという様で、久々の旅気分にわくわくした。
パンとハムを適当にとってテーブルにつく。共同のテーブルではドイツ人の夫婦が子供たちの食べ方を指南しながらゆるやかに会話していた。朝食開場は ヴェネツィアの運河に面したホールで、朝日が明るかった。
さて、出発である。
昨日の夜散々迷って足を棒にしたのだから、できれば今日は迷わずにいきたい。サンタルチア駅の前に出ていたカルネヴァーレのイベントガイド屋台で地 図を買った。かったものの結局たいして見ないのだが、あるとないとでは心の持ちようが違う。
運河を右手に歩き出す。昨日通った道なので、なんとなくわかる。このまま行けばサン・マルコ広場に着くだろう。
朝でも観光客は元気だ。多いというほどではないが少なくもない。
ここからなら近いはずだ、と踏んでゲットーの方へ向かった。イタリアに来ておいてなんだが、私の「ヨーロッパ」のイメージの根源に東欧・中欧・の文化がある。そこで必ず立ち現れるユダヤ人の文化が、付かず離れず脳裏にあった。
ユダヤ人街へ行ってみたいというのは何か目的があるわけではない。ただの興味だ。シェイクスピアの戯曲が念頭になかったわけではない。ヴェネツィアの、宗教的には自由信仰を貫いてきた歴史についても頭になかったわけではない。かといって明確な目的があるわけでもない、ただの興味だ。
鉄の装飾が施された木の扉や銀細工工芸のディスプレイなどが続く、アーケードというには狭く暗い道を抜けると、ゲットー・ヌォーヴォ広場に出た。思っていたよりも唐突な到着だっ た。明るい色合いの住宅の壁と、からっとひらけたゲットー・ヌウォーボ広場。住宅の方へ目を向けると、一目でわかる伝統的な黒いフロックコートに帽子姿の 住民がドアから出てきて、ぼんやりと広場を眺めていた。
広場のホロコースト慰霊追悼のためのモニュメントの前では小学生の一団が引率の先生に連れられて説明を受けていた。普通の生活を垣間見た気がした。
広場の真ん中のにある水道口の根元で、地面にたまった水溜りにハトが羽をつくろっていた。寒くないのか。足元を良く見れば、石畳のそこかしこにいろ とりどりの紙ふぶきがちらばっていた。
Posted: 4月 13th, 2010 | Author: sdt | Filed under: 身体と空間とモノのこと | No Comments »
エイプリルフールに円谷プロがウルトラマンたちのtwitterを展開して話題をさらったのはつい先日のことですが、なんと、イギリスのロイヤル・シェイクスピア・カンパニーがTwitter上で現代版「ロミオとジュリエット」を展開しています。公式です。すごい。
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/it/2718115/5603713
タイトルは”Such tweet sorrow” 下記がこの企画オフィシャルサイトです。
http://www.suchtweetsorrow.com/
役の俳優さんたちがそれぞれアカウントを持ち、つぶやきで物語が展開するというもの。
英語は全く不得意ですが、思わずリストフォローして、じりじり読んでいます。
ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーのアカウント
http://twitter.com/TheRSC
登場人物たちのアカウントリスト
http://twitter.com/TheRSC/such-tweet-sorrow
そして早速日本語解説している方が。仕事速い。
http://nofrills.seesaa.net/article/146419846.html
Posted: 4月 4th, 2010 | Author: sdt | Filed under: 長い独り言 | No Comments »
2009年12月の頭にtwitter上で盛り上がってた「西洋史マガジン(仮)」はこの4ヶ月の間に様々な方々のアイディアが統合され「歴史ごった煮闇鍋マガジン ひすとり!」というキャッチフレーズ&名称が付き、史学系の院生の方々などが中心となって本格的に動き出す企画へ成長していました。いつのまにか。
ということで、昨日「ひすとり!編集会議」が東京某所で行われ、私もその場へ行ってきました。
Q.具体的に何をする集まりなの?
A.「歴史×エンタテイメント」というテーマの元に比較的なんでもありでコンテンツ作成を目指している、団体、というよりゆるいつながりです。
この「ひすとり!」という企画の面白さは、歴史研究者の方々が持っているマニアックな「面白い話」を、私たち非研究者が受け取るルートを作り出せそうだというところにあります。
編集会議(という名なのは「マガジン」を想定していたから)中では歴史研究に携わる方々から、漫画や小説、ゲーム作成の「ネタ」提供として、もしくは研究者自身によるコラム等の「面白い話」として、あるいは、流行の歴史漫画や歴史ドラマのガイド役として、ブックガイドや対談などなど、様々な視点・情報の提供をしていこうという企画案が持ち上がっています。
主に「研究者」の方が中心にいらっしゃるため、どのように企画をつくっていくか、実際に動けるか、編集者・企画者・漫画家・小説家・ゲーム製作者・その他様々なクリエイターの方々など「コンテンツ製作者」の方の声や参加も求めています。
おもしろそうじゃないですか? ちょっと興味わきませんか?
編集会議の様子はTUvHさんのブログでまとめられておりますので、「ひすとり!」が気になる方はぜひご覧下さい。
http://blog.livedoor.jp/tuvh/archives/52588743.html
こちらはnext49さんの記事
http://d.hatena.ne.jp/next49/20100404/p4
こちらはsegawaさんのエントリ
http://d.hatena.ne.jp/segawa-y/20100405/1270420693
当日は実験的ながらUstreamで動画(ほぼ音声ですが)でも配信されております。
part1 http://www.ustream.tv/recorded/5924539
part2 http://www.ustream.tv/recorded/5925169
part3 http://www.ustream.tv/recorded/5925703
その他、主にtwitter上でのやりとりがメインなのですが、ひすとり!の活動は現在下記URLのwikiである程度まとまっています。
http://wikiwiki.jp/wesmag/
個人的には、舞台作品のポストトークに歴史研究者が出てきたら面白いと思うんですよ。
歴史を扱う作品の場合はもちろんですが、例えば海外のカンパニーの公演で社会問題を元に作った作品とか、解説は必ずしも舞台批評家である必要はないと思うんですよね。そういう場面にも登場の機会が生まれたら、舞台作品としてどうか、という話題に始終するのではなく舞台中で描かれた物事そのものに対する興味もうめられるのではないか、とか。
色んな化学反応がみたいのです。
編集会議後の打ち上げにも参加したのですが、ここでも面白い話がぼろぼろ出てきてとても楽しかったのです。
例えば、ドイツビールやベルギービールの違い・種類がやたら多い理由とか、土地の寒さ・温かさでワインが造られる地域とビールが作られる地域にわかれるとか、日本の墓地を管理しているのは公園の管理と同じ管轄で…とか、「碑石いいですよね、下世話で。」とか、ギルガメッシュ叙事詩がね…イシュタル門いいですよね!!!など、ほとんどついてけないマニアックぶりを発揮されていました。
お酒の力はあるものの、これってそのまま「歴史カフェ」にできますよね。サイエンスカフェとか哲学カフェとか、ああいうイベントの歴史版。
私のような何も詳しくない一般人がその場にいて、聞いて、楽しかったのだから、ちょっと詳しい人や興味ある人なら、もっとわくわくできるんじゃないかなと、思っています。
というわけで、これを読んでいる企画力のある方、面白いことやりませんか?
もしくは、これを読んでいる「面白い話」を聞いてみたい方、一緒に耳を傾けてみませんか?
「料理に関する歴史の面白い話が聞きたい」「この時代のこういう事について知りたいんだけど、どっからどう調べていいかわからない!どこを見たらわかるの?」などなど要望を出すのもありです。
何かアクションを起こすと、きっとどこかに響きます。
Posted: 3月 30th, 2010 | Author: sdt | Filed under: 旅の記憶, 身体と空間とモノのこと | No Comments »
一月にフランスに行ってグラン・パレでクリスチャン・ボルタンスキーのインスタレーションMonumenta2010をみてきたので記録しておく。Monumentaは過去アンゼルム・キーファーとリチャード・セラもそれぞれ同じ空間を使って行っており、今回が三人目、ボルタンスキーの番。
渡航の際の飛行機がたまたまエール・フランスだったのだが、機内誌にボルタンスキーのインタビューが載っていて、空の上でも期待感が増したのであった。フランス語読めないけど。
グラン・パレに向かった日は雨であった。地下鉄のシステムもよくわからず乗り継いで降りたのはChamps-Elysées-Clemenceau。この読み方がシャンゼリゼ=クレマンソーであることに気付くのに、駅のサインを見つめながら15分ぐらいかかった。あー。シャンゼリゼってここの通りなんですね、という遅い感動を観光客らしく受けながら地上へ。雨は小降りになっていた。グラン・パレはすぐ目の前で、近づくと長蛇の列。なんだこれは、と思ったら同じ建物内にあるナショナルギャラリーに並ぶ列であった。フランスはトルコ年だそうで、”De Byzance à Istanbul, Un port pour deux continents”(ビザンティウムからイスタンブールへ、二つの大陸にまたがる港町)という企画展をやっていたのだった。地下鉄駅のポスターでやたらみかけて「ビザンツからイスタンブールだと…?まさかのビザンツ・トルコものにわざわざフランスに来て出会うなんて…」と思いながら心の奥底でスルーしていたのだが目の前に来てしまったのだった。いや、でもまずはクリスチャン・ボルタンスキーが目当てでここまで来たので話を戻す。イギリスの温室詣でに引き続き、鉄骨とガラス建築巡礼のひとつでもあるので、楽しみだった。
セーヌ川沿いを歩いていると遠めにもガラスと鉄骨のドームがとてもよく目立つ。近くにくるとでかくてよくわからないレベルになってしまうシルエットだ。入り口のイオニア式列柱を抜けてチケットを買い中に入る。パンテオンに行った時も同じ感覚に陥ったが、こういうギリシャ建築の様式が18-19世紀という比較的最近に作られているということに軽く眩暈が起こる。理由はよくわからないがでかいものが怖い・時代の蓄積が垣間見えるものがなものがなんとなく怖いという単純な理由かもしれない。グラン・パレの場合はファサードがクラシックで中に入ると鉄とガラスの大空間でむちゃくちゃ明るくがらんとしているのがおもしろい。パリにあるでかい建物(教会建築)は中に入ると暗い、という印象を持ちながら歩いていたので「明るい」というだけで驚異的。ただし、今回の場合は、クリスチャン・ボルタンスキーの展示のために、中に入っていきなり突き当たるのが壁である。

入場していきなりこの壁が横たわっているのだ。
戸惑いながら壁を迂回して現れるのがこの風景である。

アールヌーヴォーのアーチを描く緑色の鉄骨のがらんどうに、区画整備された街のように規則正しくグリッド状に無数の洋服が敷き詰められ、区画を区切る柱にワイヤで支えられた蛍光灯が淡々と服の上に光を照射していた。その向こうに積み上げられた服の山、そしてくっきりと目立つ赤いカギ爪のクレーンが服をつまみ上げ、ぱっと離し、色とりどりの服がひらひらと空を舞って、再び山の上に落ちていた。
そして、この場には、折り重なるような、誰かの心臓が波打つ音がスピーカーから延々と延々と流れている。
この風景が、延々と延々とこの場で繰り返される。
悲しみが足元からじりじり這い上がってくるような、えもいわれぬ心寂しい風景だった。寂しさを伴う、時が止まっている感触。鼓動の音は絶えずごうんごうんと響き続け、通路を歩いているときも、服の山を間近に見上げているときも、階段を上ってクレーンの後ろから会場全体をながめるときも、ひらひらと舞い落ちる洋服たちを見つめているときも、まるで誰かの体の中にはいってしまっているような広い空間にいるのに閉じ込められたような気分だった。

この大量の服を見て思うのは、持ち主であったろう多くの人々のことだ。人がここにいなくても、人の気配が充満している。
いない。いないのだけど、いるんだ。どこかに。もしくは、いたのだ、どこかに。

クリスチャン・ボルタンスキーの作品に初めて出会ったのは越後妻有トリエンナーレの「最後の教室」という作品だった。
廃校の小学校をまるごと使った作品で、感覚をフル動因させられて動揺したことをよく覚えている。
闇に包まれた学校の中で、稲藁をしきつめた体育館に点々と浮かぶ電球の光、扇風機が送る微風、におい、暗い廊下を恐る恐る歩き、黒く塗りつぶされた肖像画の額縁に気をとられ、明滅するランプに恐怖したり、心音と連動する理科室の電球に怯えたり、次は何をみるのかと階段を昇り、薄い光に浮かび上がる白い布で覆われた「教室」という風景に息をのんだりした。怖いと感じると同時に美しい光景でもあった。「見る・鑑賞する」ではなく「体験する」作品なのだ。向き合うのは自分の中の記憶である。
グラン・パレの日の光が降り注ぐ場でも、越後妻有の真っ暗な場でも、感じたのは同じく「誰もいない・いないひとの気配・密閉感」だった。

クリスチャン・ボルタンスキーの作品に登場する「鼓動」は、このときも集めている最中だった。会場の片隅に診察室が設けられ、結構人が並んでいた。越後妻有やここで集められた心音は、今年の夏に開催される瀬戸内国際芸術祭で使われる予定だ。様々な国の人々の心臓の音を集めた心音アーカイヴになるのだという。
Posted: 3月 24th, 2010 | Author: sdt | Filed under: 世界庭園めぐり, 旅の記憶 | 1 Comment »
一月の話だけども、キュー植物園に行ってきたので記録しておく。
正式名称はRoyal Botanic Gardens, Kew。200年以上の歴史を持つ王立の植物園である。植物園と書いているけども、Botanic Gardens、「植物学庭園」である。図書館と似たようなものだと思えばいい。
ロンドンから地下鉄(といっても途中から地上を走る)に乗って30分ほどでキューガーデンズの駅に着く。電車に乗っている間、ロンドンの住宅街を車窓に眺めることができて面白かった。新旧さまざまあるがレンガ色である。
キューガーデンズ駅を降りた出口方向にはナショナルアーカイブスがあったりするのだけど今回はキューガーデン目的なので、改札を出て高架橋を渡って駅の反対側の出口に回る。
駅前は住宅街になっており、同じ形の家々が並ぶ通りをてくてくと歩いていくと、植物園のVictoria Gateにたどりつく。チケット売りのお兄ちゃんに「どこの国の人?日本語パンフあるよ!」というので日本語パンフレットをもらって入場。パンフ見た第一感想は「広すぎる」。
開園まもなくに着いたので来場者はまばら。近隣住民はパスカード(?)のようなものを持っていて、出入りが自由に見えた。散歩している人や、お子様連れ夫婦など、良い風景。
まぁ、まずはパームハウスだ。

















Victorian GateからPalm houseは右手方向へ歩いていくとすぐ目に入る。パームハウスの前には池がうってあり、池越しでパームハウスを望むと水面とのコントラストが美しい。冬ではちょっと寒々しいが暖かくなったら涼やかな風景だろうな。
写真だと切れているけど、温室内の展示キャプションボード「LOOK UP」表示のOOが目になってるのがかわいい。そして見上げると、上に写真のブツがある。パームハウスは熱帯やアフリカなどの植物群が並ぶ。螺旋階段があり、昇って温室上部をぐるりと回れるロフトにつながる。温室の写真は何度も見ているけども、鉄骨建築が白で塗られているのは自分の感覚の中には存在しなかった。目の当たりにして「そうだ、白だ」と納得した。
地下が水生植物の展示アクアリウムになっている。フグとかタツノオトシゴとかがいた。オフィスも地下階にあるようで、スタッフの人も螺旋階段を降りていくのを何度かみかけた。
キュー植物園はだだっぴろく、温室だけでもいくつかあるので興味あるところだけ回ろうと決めたもののやっぱり一日がかり。温室写真はAlpine house、Princess of Wales conservatory、Temperate Houseのものもあるので追ってアップしたい。Evolution houseはメンテナンス中で入れなかった。ざんねん。園内にはギャラリーや博物館やロイヤルファミリーが使ってた邸宅などもあり、どうがんばっても一日で全部しっかり見るのは難しい。近辺に住んで通いたいと心から思った。
今回は温室(建築)を見ることを目的で行ったので温室写真しかないけれども、種の保存を目的としたミレニアムシードバンクについてももっと知りたいし、研究機関としての植物園、というポイントでももうちょっと見たかった。
大航海時代から始まったイギリスの植民地政策とキュー植物園の歴史はリンクしている。船にのって様々な国へ行ったプラントハンターたちが植物を持ち帰り、この温室なり庭園なりに蓄積している。温室や庭園は憩いの場でもあるけども、アーカイブである。なんでもそうだけど「アーカイブできること」そのものに国力のでかさを感じる。
キュー植物園のサイトを見て読んでいるだけでもわくわくします。 http://www.kew.org
*写真を何人かの知人に見せたところ「柱しか撮ってねぇ」と突っ込まれた。うん…そうだね…。真冬に欧州へ行ったのに写真が緑色いことから「お前はどこへ行ってきたんだ…」とも言われた。そうですね。
つづく(たぶん)。
Posted: 2月 25th, 2010 | Author: sdt | Filed under: 未分類 | No Comments »
tfjさんの談話室にウズベキスタンのイルホム・シアターの芸術監督マルク・ヴァイル氏が殺害された事件についての続報が上がっています。
あの事件はもう二年も前のことなんですね。時間の流れの速さに驚いてしまったのですが、自分の中では強烈な記憶なので、色褪せずに心の中でひっかかっています。(ひらづみ内関連リンク)
ぜひまた来日してほしいカンパニーです。